天国的底辺

二次元、創作、裸足、資格試験、その他諸々についての思索で構成されたブログ

「自分にコントロールできない物事は気にしない」の危険性

 今日は名選手が残したライフハック的名言が、果たして私達にもうまく適合するものなのか、ということについて書いてみようと思います。

 当然ながら「私達」といっても私とあなたではまったく違う人生を送っていますので、ここに書くものが必ずしもあなたにとって「使える」ものであるとは限りません。

 その場合は、適当に改造したり、話半分に受け止めておくなど、ご自由に取り扱っていただければ幸いです。

 

 

イチロー・松井秀喜の名言

 かつて日本プロ野球と、アメリカのMLBの両方で活躍した、イチローさんと松井秀喜さん。

 一学年違いの名選手二人ですが、両者はどちらも、次のような言葉を残しています。

「自分にコントロールできない物事は気にしない」

 実際に彼らはそうやって選手生活を送り、成功を収めたわけですから、まあここは名言と呼んでしまっても差し支えないでしょう。

 

 もちろんここでいう「気にしない」は、気楽に生活することを指しているわけではありません。

 そのぶん、自分でコントロールすることができる部分に全力を注ぎ込んで日々を送ることが前提の、心の配分方法、マインドセットの話であるのは明白です。

 いわば、全力で生きている人間のための言葉。

 その意味では、とても高い意識を必要とするライフハックであるとも言えますね。

 

 超一流のアスリートであった彼らの思考法には、彼らが超一流であったという事実だけを考えても、拝聴すべき価値はあります。

 彼らには巨大な才能があったわけですが、スポーツの世界の才能というのは、正しい訓練法で適切に自分を追い込んでいかなければ、実力として表に出てくることはありません。

 それを見事に成功させたお二人のマインドセットに共通点があるというならば、それは恐らく、才能を開花させる上で再現性の高いものであるのでしょう。

 例えばプロ野球選手を目指しているという子供が身近にいたら、私はぜひとも彼らの名言を伝えたいと思いますね。

 

 ……しかし、ここで一つ疑問が出てきます。

 確かに名言であることに間違いはないと思うのですが、どのような言葉にも、それが当てはまる範囲というものがあります。

 特にライフハック的なものを適用する際には、各々の置かれた環境、TPOといったものに、より慎重になる必要がある。

 そうなると、彼ら二人の職業の特殊性について考えないわけにはいかなくなります。

 

 果たして、プロ野球選手として生きていた彼らの言葉は、私達の生活にもそのまま当てはめることのできるものなのでしょうか?

 

一般人とアスリートの違い

 一般人という言葉を見出しに使わせていただきましたが、もちろん一般人といっても、その生き方はいろいろです。

 それをまるで一人の人間のように扱って、「こうだ」と断じてしまうのは、いかにも雑であると言わざるを得ません。

 しかしまあ、話を進める都合上、「いわゆる私達一般人」なる概念を暫定的に振り回すことを、お許しいただければと思います。

 

 さて、一般人とアスリートの、仕事内容における最大の違いとは何でしょうか?

 現役でやっていける時期の短さとか、いろいろあるとは思うのですが、今回のテーマである名言を軸にして考えると、次のようなことを挙げるべきなのではないかと、私は思います。

「アスリートは、決まったルールの中で高いパフォーマンスを叩き出す能力を上げれば、自然と収入が上がるという意味では、とてもわかりやすい世界に生きている」

 

 ここでのポイントは2つあります。

 まず「決まったルール」という部分。

 恐らくすべての競技に言えることでしょうが、アスリートは明確なルールのもとで競い合う人々です。

 実はこれがアリだった、ナシだった、というようなことはありません。

 

 しかし一般人の生きる世界においては、それがほとんどありません。

 法律に従っているとか、様々なビジネスマナーがあるとか、そういう意味では縛りがまったくないわけではありませんが、せいぜいそこ止まり。

 ルールのはっきりしていない、いわば正解のない中で、とにかく結果を出す、ということが求められるわけです。

 

 そして2つ目のポイントは、「自分の能力を上げればいい」という部分。

 アスリートの世界においては、自分の能力がわかりやすく自分の収入を決定します。

 個人競技と団体競技では話が違う部分はもちろんあります。団体競技においては、個人の能力が高いだけでは勝利をもぎ取れるとは限らず、メンバーの充実や連携の完成度などが物を言うところも大きいでしょう。

 しかし、選手個人の成功という意味では、どちらも変わりません。たとえばプロ野球は団体競技ですが、個人として成績が良ければ、チームが勝てなくても自身の年俸はどんどん上がっていくことになるわけですから。

 

 それに対して、一般人の世界はもう少し複雑な様相を呈しています。

 まず明確なルールがない世界なので、個人の能力というものの定義が難しい。実はこういうこともアリで、その場合にはこういう能力が急に大事になってくる、ということもよくあります。

 また、自分の能力が高ければ収入が上がる、という単純な構造になっていないところもかなりあります。

 人間関係ですとか、時勢の変化ですとか、そういったことに大きく左右される。

 

 これらのことから、次のようなことが導き出せるのではないかと、私は思うのです。

「一般人の生活においては、自分でコントロールできるものとできないものを区別することが、アスリートのそれよりも難しい」

 

一般人の生活における、コントロールの可不可

 もちろん、まず自分の基礎的能力を磨いていかなければならないという前提は、一般人もアスリートも共通している部分です。

 何を問題にするとしても、とりあえずはそこを充実させないことには始まらない。これはコントロール云々以前のこととして、一般人にも課せられている宿命でしょう。

 なので、やるべきことをやるのが先であることは、当たり前のことと断っておきます。

 

 問題はその先。

 コントロールできるものとできないものを区別し、できないもののことは気にしない、というライフハックです。

 

 すでに述べたように、一般人の成功を決める要素は複雑で、それゆえに何がコントロールできるのか、あるいはできないのか、判断がとても難しくなります。

 もっともわかりやすい例としては、他者との関係を築き上げるフェーズが挙げられるでしょうか。

 言うまでもなく、一般社会においては「直接接する人間達に気に入られること」はとても重要な意味を持っています。

 中には、ほとんどその上手さだけで、ある程度のところまでのし上がれる人もいる。

 

 しかし人間関係というのは多くの人間の悩みの種でもあり、「これ」というわかりやすい練習法があったりするわけではありません。

 そのためか、しばしば次のようなことが「あなたの気を楽にする方法」として語られます。

「他人の気持ちは変えることができない。だから自分自身を変えていこう」

 

 これは一見すると確かにとても「救われる」言葉ではありますが、一つ大きな罠があります。

 例えば水商売をやっている方などは身に沁みて理解できていることだと思うのですが――実のところ他人の気持ちは、上手くやればある程度はコントロールすることが可能なんですよね。

 なので「他人の気持ちは変えられない」という決めつけは、ぶっちゃけて言えば、ある種のチャンスをみすみす逃して、勝手にすっきりしているだけ、とも言える。

 

 このようなことが、一般社会においては多々あるわけです。

 そんな世界において、「これはコントロールできる、これはコントロールできない」ということをどんどん決めていき、できないと判断したものについて我関せずを決め込むスタイルを徹底したら、どうなるでしょう。

 上記のような機会の逸失が続出し、もしかしたら得られるはずだったものを、大量に取り逃していく人生を送ってしまうことになるかもしれないわけです。

 

 コントロールできないもののことは考えない――これは私達一般人には、とても難しいライフハックなのです。

 

私達の生存戦略

 ある物事が、もし本当に自分ではコントロールできないものであったなら、それは確かに考えないほうがよいだろうなと思います。

 時間やお金がそうであるように、私達の心も有限のリソースであり、考えても仕方ないことにまで心を砕いている余裕などありません。

 それを、自分にコントロールできることに振り分けて、すべきことをする。

 可能ならこう生きるべし、というのは、アスリートも一般人も変わりありません。

 

 問題は、再三言っているように、そのコントロールの可不可を正確に見極めることの難しさ……あるいは時としてそれが不可能であることです。

 

 そのわかりにくさに対して私達にできることと言えば、細かいチェックを何度も何度も、事あるごとに行うことでしょうか。

 例えば、あるとき「これはコントロールできないな」と判断し、そのままずっと関心を寄せずにいたら、実はそれがコントロール可能だったとか、いつの間にかコントロール可能なものになっていた、ということがあり得ます。

 そのような場合に、コントロールの可不可に関する二度目のチェックを、あまり時間を置かずに行うようにしていれば、損失が小さいうちに正しい判断に修正することができるかもしれません。

 

 ただし、そういうチェックを入念に行う生活というのは、結局のところ「それについて定期的に関心を寄せ続ける生活」なわけで、そもそもの目的である選択集中は実現できていないことになる。

 本末転倒というやつです。

 

 こうやって考えていきますと、一般人がかの名言を適用すべきなのは、本当にあからさまに自分ではどうしようもないことだけ、なのではないかと思えてきますね。

 例えば抽選とか、天気とか、飛行機事故とか。

 それ以外のほぼすべてのことは、もちろん強弱はつけることが前提ですが、基本的に「自分にも何らかのかたちで関与できるかもしれないこと」と考えておくのがよいのではないかと、私は思います。

 その上で、どう関与できるかを考え続けるのが、私達一般人の人生の攻略法なのではないでしょうか。

 

おわりに

 アインシュタインは生前、次のような言葉を残しました。

「物事はできる限り単純化せよ。ただし単純化しすぎてはいけない」

 イチローさんと松井さんの言葉は、アスリートではない私達一般人にとっては、ここでいう「単純化しすぎ」に相当しやすいものなのではないでしょうか。

 いろいろ考えていくと、そのような結論に私はなってしまいます。

 

 まあ、中にはその辺りの見極めに才能を発揮する人もいて、そういう人達はきっと、謎の嗅覚で放置すべきものとそうでないものを正確に区分けし、人生を最適化していけるのだと思います。

 しかし、少なくとも私にはそういう才能はなさそうなので、真似をして「自分にコントロールできないものは気にしない!(キリッ)」とやってしまうと、次から次へといろいろな機会をふいにしてしまいそうで、怖いです。

 

 生きるって難しいですね。

 もうちょっとわかりやすくなってくれると、個人的には嬉しいのですが……。

 

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