天国的底辺

二次元、創作、裸足、資格試験、その他諸々についての思索で構成されたブログ

【耐えられる?】海外でのノマド生活をシミュレーションしてみた

 最近、海外のあちこちでノマド生活(的なもの)を送っている方々のお話を、個人的によく見聞きしています。

 例えば、ブログやアフィリエイトで生計を立てることに成功しており、日本のどこかに定住する必要がまったくないので、物価が安くて住心地の良い海外の地を何ヶ所か見繕って、それらを気ままに転々としている――ような人達です。

 

 そういう自由が利く稼ぎ方ができているという意味でも、単純に物価の安いところに済むことでお金が貯まるという意味でも、少なからず憧れるものがあります。

 人間の欲にはいろいろなタイプがあると思いますが、私は例えば大金を稼ぐのと引き換えに都会に縛られ忙しくしなければいけない人生よりは、生きていくには十分という程度の稼ぎで、ある程度自由気ままにできる人生のほうを好むタイプです。

 そういう人間にとっては、海外でノマド生活、いいなあ、というシンプルな目線をどうしても持ってしまうんですよね。

 

 ただ、仮にそういう稼ぎ方を確立することができたとして、本当にリアルに考えたときに、果たして自分は海外でノマド生活というものを満喫できるのか……というか耐えられるのか、というのは、これまで考えたことがありませんでした。

 漠然と「いいなあ」と思っているだけだったわけです。

 そこで今回、生活というものを幾つかの分野にわけて、そのそれぞれについて「自分は海外でそういう生活をやっていけるのかどうか」を、初めて真面目に考えてみました。

 その結果を報告させていただきます。

 

 題して、「lokiは無事に海外ノマド生活を満喫することできるのか(ただし稼ぎのことは考えないものとする)」。

 

 

言葉

 海外で暮らすとなると、素人考えで真っ先に思いつくが、言語の問題でしょう。

 お恥ずかしい話ですが、私は何とか母国語である日本語を操れるだけの人間で、あとは英語の読み書きを少々、それ以外の言語については文字通り真っ白、という状態です。

 果たしてこのような人間が、海外ノマド生活を謳歌することは可能なのでしょうか?

 

 これについては、「結構何とかなる」というのが答であるようです。

 具体的には(もちろん国にもよりますが)、私に扱える程度の、最低限度の英語があれば、生活上のやり取りは成立するらしいですし、それ以前にそもそも、東南アジア諸国等では、きちんと土地を選べば、日本語もそこそこ使う機会があるらしいのです。

 だから、言葉の問題で生きていけないということは、あまり無いと言われていますね。

 

 最初はそれでも不安かもしれませんが、半年も暮らしているうちに、その土地の日常的な言葉くらいなら何とかなってしまうようになるはずです。

 べつに夕食の買い物をするときに、いちいち高度な経済学の議論とかを外国語でしなければならないわけではありませんからね。

 というわけで、言葉のことはさほど気にする必要はないと言えるでしょう。

 

食生活

 次に、食事というか料理について。

 食べ物の好みは本当に人それぞれで、ある土地の食文化を指して「それが万人にとって良いものか悪いものか」をジャッジするのは至難です。

 各々が自分の好みに合わせて、その地の料理が自分の口に合うかどうかを判断していくしかありません。

 

 その点、私はどうかと言いますと、ぶっちゃけ日本の食事というものにそれほど執着しないタイプなので、案外いろいろなところでやっていける気がしています。

 難点としては、エビの食感があまり好きではなく、世界的にエビを使った料理があることを考えるとちょっと厳しいかなというところなのですが、辛いものも苦手ではありませんし、むしろこれまで食べてきた中では、和食がいちばんピンと来ていなかったりもします。

 なのでたぶん、多くの国でやっていけるのではないかと思います。

 

人間関係

 次に、人間関係ですが、これについては、日本にいるよりずっと楽にやっていけるのではないか、という気がしますね。

 いや、個人的な見解として、世界中で日本人が平均して最も「無害」だと思っていますし、治安の良さも日本がダントツで素晴らしいと思っているのですが、個対個の在り方や、コミュニティ単位の在り方でいうと、日本式はちょっと合わないんですよ。

 そこから脱却することができるという意味で、海外ノマド生活は精神的な開放感が素敵なことになるのではないか、と考えています。

 

 もちろん、今の私が知らないようなイヤさが、どんな土地にも十中八九あって、事と次第によってはそれが日本のコミュニケーションのイヤさを上回る可能性も、無いとは言えません。

 しかし自分の性格を深く鑑みるに、特に東南アジアのような土地においてなら、自分は結構馴染めてしまうのではないかと思うわけなのです。

 

医療

 先程から東南アジアを例に挙げることが多いですが、そもそもの命題の中に「物価の安い土地で暮らす」というのが含まれるので、これは必然的なものであると言えるでしょう。

 そうなってくると、素人考えで心配になるのが、医療機関がきちんとしているか、ということです。

 

 しかし、これについても、そんなに心配することもないみたいですね。

 もちろん東南アジアといってもピンキリ、ある一つの国の中でも地域によってピンキリでしょうから、一概に言うわけにはいかないところだと思うのですが、きちんと土地を選べば、日本語でも何とかなる立派な病院がちゃんとあるようです。

 私が観た、とあるYouTuberさんの動画では、混み合っている日本の大病院よりよっぽど通い心地の良さそうな、清潔感のある病院が紹介されていました。

 

 まあ、怪我にしろ病気にしろ、お世話になる上で問題はないものと思われます。

 少なくとも、「あっちの国々の医療は日本より数段遅れていて、こちらでは治るものもろくに治らずに余計酷くなって――」みたいなのは、今や偏見であるということは、明言してもよさそうです。

 

インターネット

 私はネットにどっぷり浸かって生きている人間です。

 ネットがあれば生きていけると豪語していますが、逆に言うと、ネットがないと(満足に使えないと)人生がかなり曇ってしまうことになります。

 その点、世界の国々、特に先程から何度も挙げている東南アジア諸国のネット事情はどんなもんなのか?

 

 結論としては、日本のように「光回線で○Gbps」とかを期待するのは、ちょっと無理であるようですね。

 海外の多くの国においては、そこまでのスムーズなネット環境を手に入れることは難しく、従って大きなデータをやり取りするのも、それなりに時間のかかる面倒な作業になってしまうようです。

 

 ただ、街のWi-Fiは結構発達していたりするので、ノマド生活をしている人間が好むような「カフェでお仕事」的なことをするには、ほとんど問題がないという話を聞きます。

 それに加えて、これから5Gの時代が到来しますよね。

 それが各国にどのようなペースで浸透していくのかは定かではありませんが、年月が経つにつれてどんどん使い勝手が良くなっていくことは間違いないでしょう。

 

 というわけで、ネットについても個人的には大丈夫かな、と思っています。

 

オタク文化

 さあ、そして最後の難関。

 海外ノマド生活を送りながら、果たしてオタク文化を十分に消費することは可能なのか?

 一人の二次元オタクとして、これは命のやり取りでこそないものの、生きていく上で物凄く重要なテーマだったりします。

 

 結論としては――これは厳しいです。

 何と言っても、アニメ。

 最近ではアニメのネット配信が盛んであり、それによって、かつて厳然と存在していた日本国内の地域格差はかなり解消されたのですが、そういう配信サービスは、日本国内でのみ展開しているものがほとんど……というか、恐らくすべてそうです。

 dアニメストアとか、そういうやつですね。サービスはいずれも国内オンリーで、海外からのアクセスは弾かれてしまうのです。

 

 裏技的に、VPNを使ったりすることで視聴できてしまったりもするらしいのですが、まあそういうのって、それなりにリスクがあったり、面倒臭かったりしますよね。

 なので、できれば手を出したくない。

 とするならば、アニメは諦めなければいけないことになるわけですが……果たして自分は、アニメのない日常を生き延びていけるのでしょうか?

 

 私はオタクにしてはグッズ・同人誌といったものに見向きしないほうで、その意味では日本を離れてもさほど痛手をこうむることはないと言えますが、アニメはオタクにとって本丸のような存在。

 これが日常から失われるとなると、非常にきつい。

 うーん……と唸ってしまうところです。

 

おわりに

 ――という具合に、いろいろと検証してきた上での、とりあえずの結論。

「人として生きる上では海外ノマド生活も十分可能だが、オタク属性を大切にし続けたいと思っている限りは、そこで躓いてしまうかもしれない」

 

 その上で改めて、海外ノマド生活をしている方々の在りようをネットで観察してみますと、皆さんあまり固定的な趣味を持っていないようにうかがえますよね。

 少なくとも、日本にしかないコンテンツに対する執着は、ほとんどゼロと言っていい。

 せいぜい、ときどき本場の寿司が恋しくなったりする程度でしょうか。

 

 オタクはその点で、致命的に日本から逃れられない、哀しい生き物なのかもしれません。

 

 いつの日か、人生に大きな変化があって、その気になれば海外を転々とする生き方をできるようになったとき、私がオタク趣味の一部を手放すかたちでそれを選ぶことがあり得るでしょうか?

 ……ちょっと厳しい気がしますね。

 人によりけりでしょうが、私にとってオタクというのは、「やめまーす」と宣言してその日からすっぱりやめられるような、取外し可能なものではないからです。

 

 そうかあ、結局最後は、オタク属性がネックになるのかあ。うーむ……。

 

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