天国的底辺

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架空の外国人に、素人がカタカナの使い方を説明してみる

架空の外国人「なあ、キミは確か日本人だったよね?」

 

 ええ、そうですよ。

 

架空の外国人「実は今、日本語を勉強しているんだけど、いまいち掴めないところがあるんだ。よかったら教えてもらえないかな」

 

 もちろんいいですよ。どんなことですか?

 

架空の外国人「カタカナってやつなんだけど……。テキストには『外国の言葉を日本語として表現するときに使う』って書いてある。

 でも日本人の文章を読んでみると、それだけではなくて、日本の単語でもカタカナで書いていたりするんだ。そこにはどういうルールがあるんだろう?」

 

 ああなるほど。

 私は日本語学習者向けのテキストを読んだことはありませんが、確かにカタカナについて教えるなら、まずはその辺りだけ記述しそうですね。

 わかりました。

 学術的な体系ではありませんが、私なりに整理して説明することはできるので、一通りお教えしますね。

 ただ、あくまで私個人の見解になってしまうので、いつかべつの手段で再検証をしてみることは忘れようにしてください。

 

架空の外国人「オーケー、わかった。じゃあ、よろしくお願いします」

 

 

基本:外国の言葉の表現

 まずはおさらいですが、カタカナは確かに、外国の言葉を日本語として表記するときに使われます。

 歴史を紐解いてみると、昔はそういう使い方ではなかったのですが――その辺を語り始めると、カタカナの勉強というより日本史の勉強になってしまいますので、今回は省略しますね。

 あなたの読んだテキストは正しいです。外国の言葉の日本語表記、ここがわかっていないと、それ以外の使い方もわかりません。

 

架空の外国人「うん、そこは了解したよ。日本人が使う生の文章で、僕が初めて見たカタカナは『プライド』だったな」

 

 なかなか渋いところから入りましたね。確かに、プライドという言葉は日本人のやり取りにも結構出てくる代物です。

 直訳すると「誇り」とかになるのですが、誇りとプライドでは微妙にニュアンスが違うかなというところもあって、あえてプライドを使うことが多いですね。

 ――とにかく、これが基本です。ここからいろいろと「派生」していくことになるので、ここからが本番ですね。

 

架空の外国人「何だか、わくわくするね」

 

派生の基本概念:音だけ→ガワだけ

 まず、すべての派生パターンの基本概念について説明しますね。

 外国の言葉というのは、最初に日本に入ってきた時点では、まったく聞き慣れないものなわけです。

 その響きを真似することはできるものの、意味するところがわからない。

 つまり、日本人側からすると、「音だけがそこにある」感じになるわけですよ。

 この辺りは掴めますか?

 

架空の外国人「うん、わかるよ。初めて耳にする外国語って、不思議な感じがするものだよね」

 

 この「音だけがあって、まだ意味がない」という状態が、とても大事なところです。

 物理的にはそこに存在しているのに、それをもって伝えようとしているはずの肝心のものが伝わってこない。

 音だけ、かたちだけ、ガワだけがあり、中身がない。

 ちょっと気取った言い方をすると、メディアだけがあって、コンテンツがない。

 このことを、抽象的に捉えてみてください。……言わんとしていることはわかりますか?

 

架空の外国人「……大丈夫、わかると思う。基本概念というからには、抽象的に捉えるというところが大事なんだろうね」

 

 その通りです。

 ここさえきちんと押さえることができていれば、ここから先は一つ一つ具体例に当てはめていくだけなので、すんなり理解していくことができると思いますよ。

 では、この基本概念を踏まえて、実際の日本人のやり取りのリアルな部分に踏み込んでいきますね。

 

派生1:意味のわからない言葉の表現

 まずはこれから説明しましょうか。

 何か意味のわからない言葉に出会ったとき、そのことを表現するためにカタカナが使われる、ということがあります。

 小説とか漫画の会話表現で、その例はいくらでも見つけられますね。例えばこんな場面が考えられます。

Aさん「なあキミ、パスワードを入力したら、スマホに何かメッセージが入ったんだが、これが何だかわかるかね?」

Bさん「ああ、それは二段階認証ですね」

Aさん「ニダンカイニンショウ?」

 

架空の外国人「おお、カタカナだ」

 

 はい、最後のカタカナは、直前に出てきた二段階認証という日本語を、その意味を知らない人がとりあえず復唱している、ということを表現したものです。

 このとき、Aさんは二段階認証という言葉を、少なくとも意識的には生まれて初めて聞いたんですね。

 なのでAさんからしてみると、この言葉は目下「響きだけがそこにあって、中身がからっぽ」な代物なわけです。

 そのAさんの視点を表現するために、ここではカタカナが使われているのです。

 

架空の外国人「なるほど、確かに基本概念を当てはめると、しっくり来るね」

 

 同じように、「意味をわかりたくない、否定したい」という文脈でも、日本語をカタカナで書くことがあります。例えば次のような感じです。

「ミンシュシュギだろうが何だろうが、俺は納得できないね」

 ……ちょっと不穏な例になってしまいましたが、この場合、発言者は民主主義という言葉を一応は知っている状態です。

 ですが、それを受け入れたくない文脈なので、その中身を自分から抜きに行っているわけです。

 そこを表現するために、カタカナが使われているわけですよ。

 

架空の外国人「なるほどなあ。そういう風に説明されると、よくわかるよ」

 

派生2:片言の表現

 次に、いわゆる片言の状態を表現するときにも、カタカナは使われます。

 やはりこれも小説や漫画によく見られるものですが、日本語を覚えたての人が、日本語で喋っているところを表すときに、それを全部カタカナで表現したりするのです。

「コンニチハ、ワタシ、マイケルトイイマス」

 あるいはちょっと失礼なのかもしれませんが、侮蔑の意図は特にないと私は考えています。

 ここで表現されているのは、発言者(マイケルさん)の日本語がまだたどたどしく、まるで言葉の響きだけをなぞっていて、意味までは把握していないような感じがする、ということです。

 基本概念から考えれば、これもわかりますよね?

 

架空の外国人「わかるわかる。たぶんマイケルは、日本語を話したのはほとんど生まれて初めてくらいなんだろうね。そんな情景が浮かんでくるよ」

 

 あとは、少し古臭い表現になるのですが、コンピュータが合成音声で人間の言葉を喋っているという場面を表す際に、ひらがなとカタカナを逆転させる、という手法が使われることがあります。

「ワタシハ すーぱーこんぴゅーた デス」

 こんな感じですね。

 この「ひっくり返っている」ところに、合成音声の嘘っぽさ、どんなに意味が通っていたとしてもそこに魂までは入っていない感じ、を込めているわけです。

 

架空の外国人「ああ……なるほど」

 

 まあでも、これは繰り返すようですが古い表現ですね。

 漫画で言えば、それこそ手塚治虫さんの『火の鳥』とか、そういう時代の表現です。

 今はSiriとか、かなり人間的なものとして受け入れられていますから、それを表現するのにこんな手法を採ることはもうないんじゃないかと思います。

 

派生3:未来感の表現

 今話した、コンピュータのイメージも関係しているのかもしれませんが、未来っぽさを表現するときに、日本語であるはずのものをあえてカタカナ表記することがあります。

 私がこれを説明しながら思い浮かべているのは、未来を舞台にしたフィクションにおける日本人の名前ですね。

 割とあるんですよ、名前がカタカナになっているというパターンが。

 

架空の外国人「そうなんだ。日本のアニメを字幕や吹き替えで観ても、その辺りは伝わってこないから、知らなかったな」

 

 アニメの有名所で言えば、『エヴァ』のファーストネームがそうですし、もっと未来の、宇宙を舞台にした戦争モノとかだと、日本人クルーの名前がすべてカタカナだったりします。

 これは今言ったコンピュータのイメージと、あとは想定されるグローバル化のイメージが混ざったものなのではないかと、私は思います。

 そういう未来の舞台においては、漢字など辺境の不思議な文化にすぎず、問題になるのはその響きだけなのだ――みたいな。

 

架空の外国人「漢字の名前には、それぞれの意味があるんだよね」

 

 そうですね。最近はあまり深く考えずに字を選んでいる親も多いですが……。

 まあとにかく、そういう意味合いで、未来のイメージを出したいときにはカタカナが増えるという傾向が、少なくとも私の観測の範囲内では見られますね。

 

派生4:本質を失ったものの表現

 話は現在に戻ります。

 急な質問になりますが、日本語においては、人の名前の後ろに「先生」がつく場合があるのをご存知ですか?

 

架空の外国人「ああ、知っているよ。教師のことを生徒が呼ぶときに、○○先生、みたいに言うんだよね」

 

 そうです。

 他にも先生と呼ばれる職業の人はいて、医者、弁護士、政治家……この辺りの人達は皆、周囲の人間からは先生という呼称をつけて呼ばれています。

 その起源とかは知らないのですが、まあ日本では常識になっているので、日本に来たら真似しておくといいでしょう。

 ところがこの先生という言葉、ときどきカタカナで書かれることがあるんですよ。

「鈴木センセイ」みたいにね。

 これがどんなニュアンスを持っているか、想像がつきますか?

 

架空の外国人「うーん……何だろう。実はライセンスを持っていない偽物だった、とかではないよね」

 

 これはですね、ざっくり言うと、その先生を馬鹿にするときに使うものなんです。

 基本概念は覚えていますね。「響きだけがあって、意味がない」というやつ。

 この場合、この基本概念は「そのものの本質が失われている状態」「中身が伴っていることを認められない状態」という風に具体化されています。

 つまり、先生と呼んで敬うには能力が足りていない、人格に問題がある、何か揉め事を起こした――そういった存在に対し、気持ちを込めずに形式上先生と呼び続けていることを表現するために、カタカナが使われているわけです。

 

架空の外国人「なるほどね。これは面白いなあ」

 

 私は口先だけで言ってるんですよ、心はそっぽを向いていますよ、というわけですね。

 なかなか意地の悪い表現だとは思いますが、正直、カタカナの上手い応用例だなとも思います。

 

派生5:虚無感・装飾感の表現

「響きだけで中身がない」というのを、虚無感・装飾感の表現として使うこともあります。

 これは特に、作品タイトル等に適用されることの多い派生パターンですね。

 日本語をあえてカタカナにしたタイトルにすると、例えば退廃的な世界観ですとか、あるいは奇妙な法則が支配していて常識が通じない感じですとか、そういうのが出るんですよ。

 あるいは飾り付ける意味でのカタカナ化ですね。これは「装飾が本体を上回っている」という意味で、基本概念から派生させることができるものです。

 

架空の外国人「これまでの例もそうだけど、そういうのって外国語に翻訳される段階で消えてしまうから、僕みたいな外国人にはそもそも存在すら伝わっていないんだよね」

 

 そうですね。翻訳するときに、そういったニュアンスまで含めた、絶妙な言葉を見つけてくれるといいなと思うのですが、恐らく相当に難しいことなのだと思います。

 たとえ作品に対して深い理解があったとしても、ある程度消えてしまうのは仕方のないところですね。

 

字面的都合:文章中からの括り出し

 さて、派生パターンについては、とりあえずこれでおしまい。

 あとは異なるタイプを一つ、説明しておきますね。

 これは文章を視覚的に捉えやすくする目的で、他意なくカタカナ表記されることがある、というものです。

 私がこのタイプでいちばん最初に思いつくのは、「オタク」ですかね。

 

架空の外国人「オタクか。確かにカタカナで書くよね。それは知ってる」

 

 元々オタクという言葉は、中森明夫さんという方が生み出した言葉で、最初は確か、ひらがなで「おたく族」という書き方をしていたんですよ。

 しかし時代が進むにつれて、「族」が消え、「おたく」が「オタク」に変化して、今のかたちになったのです。

 カタカナになったことに、何か象徴性を見出そうとする人もいます。

 評論家の大塚英志さんという方は、「おたくがオタクに変わるあいだで、脱臭されたものがある」みたいな文章を書いていたことがありました。

 でも私の意見としては、カタカナ表記化は単純に、読みやすさの問題だったのではと思いますね。

 ひらがなだと(特に「族」が消えた後は)、前後のひらがなに埋没してしまって、名詞として括り出しにくくなるんですよ。

「あそこにいるおたくがうるさい」より「あそこにいるオタクがうるさい」のほうが、明らかに読みやすいですからね。

 

架空の外国人「僕レベルの日本語能力でも、その感覚はわかるな。いやむしろ、僕レベルだと余計に、カタカナにしてくれたほうが文章を切り分けやすくなる」

 

 こんな風に、単なる字面の都合によるカタカナ化があるわけです。

 そこに、ちょっと強調してみたい、みたいなニュアンスが加わることもありますが、いずれの場合も「その単語が周囲に埋もれないように」という都合でそうなっていることには変わりありません。

 こういうカタカナについては、あまり深く考える必要はないと思います。

 

おわりに

 ……こんなところですかね。

 あくまでも私に説明できる範囲のことを、私なりの整理の仕方で説明したに過ぎませんが、少しはお役に立てたでしょうか?

 

架空の外国人「すごく良くわかったよ。これでたぶん、今まで上手く掴めなかったカタカナのほとんどを、きちんと受け取ることができるようになると思う」

 

 もう一度念を押しておきますが、これは学問的にしっかりしたものではないので、頭から信じ込むことはしないようにしてくださいね。

 ただ、現場感覚と言いますか、現代日本のリアルとしては、ちゃんとしたものを説明したとは思っていますので、そこは安心してください。

 

架空の外国人「どうもありがとう。本当に勉強になった」

 

 話はそれますが、ひらがなカタカナ漢字のバランスというのは、日本語にとって本当に大事なもので、財産だと個人的には思うんですよね。

 村上春樹さんの小説で『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という名作があるのですが、これが英訳されると、”Hard-Boiled Wonderland And The End Of The World”になってしまうんです。

「世界の終り」の漢字ひらがなと、「ハードボイルド・ワンダーランド」のカタカナが、二つの異なる物語があることを上手く表していたのに、のっぺりしちゃったなあ、と感じたものです。

 

架空の外国人「今の僕にはまだしっかり理解することはできないけど、なるほど、そういうのもあるんだ」

 

 そこまで含めたすべてを、日本語圏の外に伝えきる手段が確立されているといいな、と思うんですけどね。

 

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