天国的底辺

二次元、創作、裸足、資格試験、その他諸々についての思索で構成されたブログ

2019年度司法書士試験の基準点発表を受けての、ベテの雑感

 本日、法務省のサイトにて、2019年度司法書士試験の択一基準点が発表されました。

 午前が25問、午後が22問だそうです。

 今年は難しめだったと言えますね。しかしめちゃくちゃ奇問難問ばかりだったという評判でもないので、特に運ゲー要素が強まったわけでもなく、フェアに競える範囲内のものだったのではないでしょうか。

 というわけで、今日はこの発表を受けて、一人のベテとしての心の叫びのようなものを記してみたいと思います。

 

 

これまでの成績

 結論から言いますと、今年も私は基準点を超えることができませんでした。

 現時点ではあくまで自己採点なわけですが、私の今年の択一成績は午前22問、午後20問。

 まったくもって力が及んでいない現実を、今年も突きつけられてしまいました。

 

 ちなみに、今年も含めたこれまでの成績を並べてみると、以下のようになります。

 カッコ内がその年の基準点となっています。

 

  • 2013年:午前16問(28問)/午後16問(27問)
  • 2014年:午前21問(26問)/午後17問(24問)
  • 2015年:午前24問(30問)/午後23問(24問)
  • 2016年:午前21問(25問)/午後20問(24問)
  • 2017年:午前20問(25問)/午後19問(24問)
  • 2018年:午前20問(26問)/午後21問(24問)
  • 2019年:午前22問(25問)/午後20問(22問) ※自己採点

 

 お恥ずかしい話ですが、7回受験して、午前か午後か、どちらか片方すら一度として基準点に届いたことがないんですよね。

 いちばん惜しかったのが、2015年の午後択一。あと1問正解していれば基準点ギリギリというところでした(まあ、それでは意味がないのですが)。

 しかしそれ以外では、まったく話にならない差が認められます。

 

 特に午前科目の酷さは致命的で、5問くらいは平気で不足しているという体たらく。

 司法書士試験の択一において、5問というのは非常に大きな数字です。

 しかもそれが合格点との差ではなく、あくまで足切りに過ぎない基準点との差ですからね。

 これは本当に、どうしようもない力量のなさの表れなのです。

 

 私は、いわゆる駄目な受験生がどれくらい駄目なのかというリアルをよく知らないのですが、7年もこんな数字を並べ続けている劣等生が、他にいるのでしょうか?

 それを考えるとき、自分が世界でいちばん頭の悪い人間であるように感じられて、猛烈な自己嫌悪に襲われるのです……。

 

基準点の意味

 司法書士試験は、言わずとしれた難関試験です。

 近年の合格率はだいたい4%くらい。これに合格するのは並大抵のことではありません。

 

 しかし、合格点とのあいだに基準点という概念を挟むと、見え方がちょっと変わります。

 択一の基準点を突破できるのは、例年2,000人ほど。そして合格者数は600数十人。

 つまり、択一基準点を突破することさえできれば、そこからは「3人に1人が受かる」勝負になるんですよね。

 そしてそこから先になると、時の運が大きく関与することになります。

 記述問題は水物ですし、それ以前の話として、もし択一問題の内容が違うものであったら、その年の合格者はごっそり入れ替わるだろうとも言われている。

 この意味では、司法書士試験には「基準点を突破する力をつけた後、運が良い年を待ち続ける試験」という面が少なからずあるわけです。

 

 しかし択一の基準点突破までに関しては、運の要素が語られることはほとんどありません。

 どんな問題が出ようが、きちんとした実力をつけていれば、確実に超えることができる――そういう扱いを受けているのが、基準点という存在なのです。

 そもそも司法書士試験自体が「努力した凡人が受かる試験」と言われているわけですが(私個人はこの見方に懐疑的ですが)、ましてや基準点となれば、ますますそのニュアンスは強い。

 ぶっちゃけ、「基準点なんて、ちゃんとテキストを読み込んで過去問を解いていれば、普通に突破できるでしょ」という風潮なんですよね。

 

 ……当然、そこで私は「え~……」と言葉を失ってしまうわけです。

 基準点、全然超えられませんよ? テキストも読み込んでいますし、過去問も解いていますよ? 勉強法の勉強も欠かしたことはありませんよ?

 あれれ?

 

なぜ私は基準点を超えられないのか?

 直球な言い方になりますが、なぜ私は基準点を超えられないのでしょうか?

 7年間、あれやこれやと取り組んできました。以前よりは試験内容の全貌が見えているという実感はありますし、テキストを読んでいて、ここはさっぱり理解できない、という箇所もゼロに等しくなっています。過去問だって解けます。

 なのに、点数が取れない。

 いったいどうしてなのでしょうか?

 

 理由の候補はそんなにあるわけではありません。

 一つ一つ、簡単に掘り下げていきます。

 

教材が悪い?

 私が使っている教材は、テキストが『リアリスティック』シリーズと『オートマシステム』、過去問が『オートマ過去問』です。

 かつて初年度にLECの講座をとり、以後数年は『ブレークスルーテキスト』を使い続けていたのですが、あれは独学向けではないので、今にしてみれば下策もいいところだったと思っています。

 

『リアリスティック』シリーズは私のフィーリングにとても合っていて、読みやすいですね。

 一方で『オートマシステム』に個人的にちょっと構成が肌に合わず、どの知識がどこにあるのかという身体感覚がなかなか出来上がりません。

 しかし何と言ってもこの分野のベストセラーですし、『ブレークスルー』で独学するよりはずっと現実的な選択肢ではあるでしょう。

 

 で、教材が悪いかどうかなのですが――私としては「そのせいにはちょっとできないな」という感じです。

 そもそもの問題として、多少の質と方向性の違いはあれど、世に「どれだけやり込んでも基準点を超えられないテキスト」など存在しないはずなのです。理論的には。

 もしそんなテキストがあったら、とっくに吊し上げを食らっているはずであり、その情報は私の耳にも届いていることでしょう。

 しかし、今のところそういう話は聞いたことがありません。

 なので、私が基準点を取れない理由を、教材に求めるのはちょっと無理筋であると思われます。

 

 ただ、それならどうして本試験でも模試でも、あんなに「まったく知らないことばかり訊かれている」感覚になるのか、という疑問は拭えないのですが……。

 

やり方が悪い?

 去年まではそういうところがあったかもしれません。

 今にしてみると、テキストの読み込み方が「読書」に近く、学習全体のバランスとしてテキストに寄りすぎており、過去問が相対的に疎かだった。

 これらを総合的に分析すると、インプットはともかく、アウトプットが不足していたということが言えると思います。

 

 しかし今年は、メンタリストDaiGoさんの著書を読んだりして、いわゆるアクティブラーニングの手法を取り入れ、効率面を進化させた学習をしていました。

 人間の忘却タイミングに合わせて復習ができるアプリ『分散学習帳』も使い倒し、とにかく多角的に攻めました。

 人間の脳は、どのようなことをすれば情報を長期記憶化するのか。その根本的なところから学び直して、本試験に臨んだのです。

 

 しかし、成績の伸びにはまったく繋がらなかった。

 模試の段階から、例年通り最低のE判定を連発していたので、こりゃ厳しいなとは思っていたのですが、終盤の大逆転もまったく起きず、そのまま大敗。

 結局はいつも通りのレベルに落ち着いていました。

 

 正直、これ以上の「良いやり方」はちょっと思いつきません。

 いや、これは私が思いつかないというより、現在の科学ではこれ以上の勉強法というのは確立されていないのです。

 それで基準点すら超えられないというのは……。

 

頭が悪い?

 ぶっちゃけ、頭があまりにも悪すぎて基準点を突破できない、ということなのでしょうか?

 

 べつに自虐的になるわけではないのですが、正直なところこれは学習中、常に考えていることだったりします。

 自分の頭は、自分が思っている以上にポンコツなのではないだろうか。普通の人ならできて当たり前のことでも、自分には無理なのではないか。

 そんな自分への疑いが、ここ数年まったく晴れません。

 

 というか、自分でもびっくりするくらい、細かい部分の記憶が定着しないんですよね。

『分散学習帳』を使っていても、いったい同じことをあと何百回すり込んだら覚えられるんだという、自分への苛立ちで何とも言えない気持ちになる。

 しかも、何だか司法書士試験関係の記憶だけ、特に綻びやすい気がするんですよ。

 他のこと(例えば当ブログの運営とか)に関する知識は、もう少しまともに固まってくれるのに、この分野だけそうなってくれない感覚があるのです。

 

 ちょっと言い訳じみているとは思うのですが……もしかして私の脳は、この試験の勉強と本質的に相性が悪いのでしょうか?

 もしその辺りに原因があるのだとしたら、あと何年やっても基準点超えなんて無理、ということになりますよね。

 どうなのでしょう……。

 

勉強量が足りない?

 正直、直前期の追い込み方が、時間で見たときに足りていないというのは認めるところです。

 合格体験記のたぐいを読んでみると、合格した皆さんは大抵、直前期に毎日8時間とか10時間とか、あるいは12時間以上の勉強を積み重ねておられる。

 私がそれだけのことをやれた年は、これまで一度としてありません。

 

 でも、べつにサボっているわけではないんですよ。少なくとも主観的には。

 体力とか精神力とか、その他もろもろの事情があって、私にはどう頑張っても毎日10時間とか勉強することはできそうにないのです。

 この点についても、もしここが原因なのだとしたら、私にはこの試験は無理だということになってしまいますね。

 

 一般的な目安として、司法書士試験に合格するには3,000時間の勉強が必要だと言われています。

 しかし実際には、「合格前の一年間にどんな勉強ができたか」みたいなことが重要であり、例えば毎年300時間ずつ10年の勉強を続けたとしても、それでは話になりません。

 私も過去7年以上の勉強期間で、とっくに3,000時間など超えてしまっているのですが、箸にも棒にもかかっていない。

 冗談ではなく、今から来年の試験までに3,000時間の勉強をするくらいじゃないと、駄目なのかもしれませんね……うーん。

 

とりあえず継続するが……

 まあ何にせよ、とりあえず来年も受験することは、すでに決めてあります。

 合格したいというのはもちろんある、というか当然それが目的なわけですが、ある意味ではそれ以上に、基準点すら超えられないまま撤退したくない、という意地の問題がかなり強くあるんですよね。

 ちょっと刺激的な言い方をするなら、基準点を超えることで、自分がちゃんと「普通のアタマを持った人間」であることを、他ならぬ自分自身に示したいのです。

 

 逆に言うと、司法書士試験で基準点を超えない限り、私は生涯、自分の頭脳をまっとうに評価することはできない気がするのです。

 

 しかし今のところ、勝つための戦略はまったく練ることができていません。

 自分に何が足りないからこんな有り様なのか、その分析がまったくできていないのです。

 情けない話ですが、7回も落ちてきて未だに「不思議だなあ、ちっとも正解できない」という次元をウロウロしている。

 

 足りない「何か」を見つけ、それを埋めるための「何か」を確立できなければ、来年も100%落ちることでしょう。

 そこを奇跡とか強運でどうにかすることは、絶対にできません。

 私にとっての来年の本試験は、その「何か」を最低でも今年中に見つけることができるかどうかの戦いだと言っても、過言ではないように思います。

 それに成功できなければ、来年もたぶん、午前午後とも20問近くで落ち着くことになる。こう言ってのけることに、予知能力は必要ありません。

 

 しかしなあ……見つかるかなあ……。

 何とかなるかもしれないという予感は、現状まったく、湧いてくる気配すらないんですよね。困ったことに。

 

おわりに

 司法書士という資格が、ここまでして取りに行く価値のあるものなのかどうか、正直、私には断言することはできません。

 以前の記事でも書いたように、決して「終わった資格」とは思わないのですが、この試験の実状に見合うだけのものなのかと問われると、それについては何とも言えないのです。

 

 今の私を突き動かしているのは、「乗りかかった船」というアレですね。

 そして、基準点という名の「人間の尊厳ライン」を超えたいという意地。

 その辺りです。

 この心の動きが私の人生を良いほうと悪いほう、どちらに転がしていくのかは定かではありませんが、とりあえず決めた以上は、「今度こそ!」の一念で結果を引き寄せたいものです。

 

 まあ、頑張るしかありません。

 今度こそ、原因と対策を見出し、適切に攻略していきたいです。

 というか、もうホントに、とっとと終わらせたい。

 

【関連記事】

www.tengoku-teihen.com

www.tengoku-teihen.com