天国的底辺

二次元、創作、裸足、資格試験、その他諸々についての思索で構成されたブログ

貧乏人にはできない、3つの重要なお金の使い方

 今日は、貧乏だと手を出せないお金の使い方のうち、真に重要(深刻)なのは何か、ということについて書いてみようと思います。

 それはそのまま「もし今たくさんお金を稼げるようになったら何に使いますか?」という質問への私なりの答であり、あくまで主観的なものなのですが、お金の有無でいちばん違いが出るのってこの辺だよな、という確信のようなものはあります。

 少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。

 

3日10GB等の制限もなし。真の使い放題モバイルWi-Fi。

 

 

貧乏人のリポート

 まず最初に宣言してしまいますが、私は貧乏です。

 ここで具体的な職種や年収などを明かす気はないので、曖昧な言い方をさせていただきますが、「もちろん下には下がいるけど、余裕なんかとてもとても」という感じです。

 お腹が空いて仕方がないけど食べるものがない――というところまで経験したことはないですが、趣味のアニメでブルーレイディスクを買って製作者を支えることなど到底できないし、グッズなんて異次元の物体だと思っている、という程度には懐が寂しい。

 まあ、そこら辺の「お金の全然ない人」を適当に想像していただければ、そうズレてはいないと思います。

 

 どちらかと言うと、私は物欲がないほうです。

 お金がないのも手伝って、長年オタクをやっているという自覚はあるのに、部屋の中にはそれっぽいものがあまりありません。

 代わりにお金のかからない趣味の在り方として「ネットに転がっているものをHDDに収めまくる」というのを続けてきたため、デジタルデータ的にはなかなか濃ゆいことになっていますが……。

 まあ基本的に、モノに対する執着はないほうだと言っていいと思います。

 

 そんな具合なので、お金持ちになって豪遊したい、というような願望はありません。

 めちゃくちゃ美味しいものを食べたいとも思いませんし、広い家に住みたいとも思いませんし、非モテを自覚しているので異性にお金を費やす気にもなれません。

 この辺りは、ある程度以下の世代なら多数派でしょうか。年収700万円くらいまではリアルに求める気になりますが、それより上にはべつに興味がないや、というのが、酸っぱい葡萄とかではなく本音だったりする次第です。

 

 ただ、逆に言うと、年収700万円くらいまでは、人生を充実させるには必要な額であると思っているし、何とか手を届かせたいと思っています。

 人生について考えたとき、そのくらいまで行かないとままならない大切なことが幾つか、リアルに頭をよぎるからです。

 

 貧乏人には手を出すことのできない、とても大事なもの。

「美味い飯」「広い家」などは単に我慢すればいいけれども、これにお金を出せないのは絶対に何とかしたいよね、というもの――。

 私がそう考えているのが、以下の3つです。

 

貧乏人お断り、真に重要なお金の使い方

その1:時間

 ここ数年「時短」という言葉が流行っていますが、これを引き合いに出すまでもなく、時間というのは貴重なものです。

 これが足りないから、人はあれこれ忙しく奔走することになるし、ふらふらしながら作業を続けなくちゃならない羽目にも陥る。

 時間は命そのものと言っても過言ではありません。

 

 ある程度までは小手先の工夫によって「時間を作る」ことはできるでしょう。

 しかしそれで手に入る時間はぶっちゃけ、雀の涙。

 真に時間を手に入れるには、お金を出して「買う」ことが必要になってきます。

 

 そう、時間は買うことができる。

 便利な生活家電から、高価なソフトウェア、あるいは各種のサービス。そういったものに高いお金を払うことで、私達は望まぬ行為にかける時間を縮めることができるわけです。

 そのようにして生まれた時間を有効に活用することで、さらに利益を得ることができる。

 利益が生まれたら、さらにもっと多くの時間を買うことができる。

 そういう循環が生まれます。

 

 しかし、貧乏人にはこのわかりきった好循環をトレースすることができません。

 それどころか逆に、様々な局面において「時間をすり減らして出費を抑える」ことを余儀なくされます。

 それがどれだけ馬鹿げたことか、知識レベルではわかっていても、現実問題としてその牢獄から脱出することができないわけです。

 

その2:体験

 貧乏であるということは、買い物の選択肢が狭まるということです。

 これはある程度、人によって違いが出るところかもしれないのですが……私の場合、その選択肢の狭まりは次のようなかたちになって表れます。

「一度きりのことに財布の紐を緩めることができない」

 

 つまり、体験にお金を払うことができなくなるわけです。

 世の中には、参加費用が数千円、場合によっては万単位、のイベントがたくさんありますよね。

 そこでは(もちろん例外も多々あるでしょうが)お金を払ったぶん、無料では決して手に入れることのできない体験を手に入れることができる。

 貧乏を続けていると、そういうものを避け、一度買ったらずっと使える「道具系」にばかりお金を費やすことになってしまうのです。

 何しろこちとら、参加費用以前に電車賃がままならず、断念しなければいけない有様ですから……。

 

 こういうことを続けていると、有意義な人脈を作るのが難しくなったり、何らかのチャンスを掴み損ねるといったことが多くなります。

 そして先ほど時間の項目で書いたのと同じように、持てる者達の好循環を横目で見ながら、自分はジリ貧の循環の中で過ごすことになるわけです。

 何が悲しいって、ここまでわかって書いておきながら、それでもなお経済事情が「あちらへ行くこと」を許してくれないということですね。

 勉強せよと偉い人は言いますが、いったん下層に転げ落ちると、そこでいくら勉強しても活かしようがないという状態になってしまう。人生の怖いところです。

 

その3:投資

 トマ・ピケティさんの”r>g”については、ド素人としてちょっぴり理解している程度に過ぎないのですが、要するに資産を増やしたかったら投資はとても大切だというのが、結論となるでしょう。

 世の中にはそれをどうすれば賢く行うことができるか、について書かれた本がたくさんあり、リスクの高いものからそこそこ低いものまで、手段も一通り揃っています。

 

 しかし、その有効性をどれだけわかっていても、貧乏人にとって投資など絵に描いた餅。

 日々の暮らしを成立させるのに手一杯で、とてもとても投資にお金を回している余裕などありません。

 例えば投資信託などかなり魅力的で、中でも安定感のありそうな「全世界投資ナントカ」系の商品には是非とも手を出してみたいところなのですが、残念ながら私の現状では、当分は脳内シミュレーションゲームの域を出そうにない。

 面白そうだなあ、で終わってしまうわけです。

 

 世の中には「投資はべつに大金がなくてもできますよ、1,000円からでも買えますよ」という言い方でオススメしている本やブログ記事もたくさんありますが、彼らは貧乏人のリアルがわかっていないんですよね。

 その1,000円が出せないんですよ。いろいろあって。

 逆に言えば、この記事をお読みになっているあなたの収入がもしそれなりなのであれば、すぐにでも投資信託とかやってみるべきだと、私からも強くオススメしますね。

 宝くじなんかよりよっぽど夢があると思います。

 

貧乏だとブログのネタにも事欠く

 以上の3つが、私の考える「貧乏人には真似できない、本当に大切なお金の使い方」となります。

 時間、体験、投資。ここにお金をつぎ込むと、人生は断然豊かになる。

 でもどれだけそれがわかっていても、貧乏人には手が出ない。そんな話でした。

 

 で、この項ではちょっと話を脱線させたいと思うのですが――お金がないと、ブログのネタにも事欠くんですよね。

 5/3にこのブログを開設し、ここまで2ヶ月ちょっと、ほぼ毎日更新でやってきたのですが、つくづく思い知ったのが「自分の中に蓄積がないなあ」ということです。

 これまで生きていて、「お金を出して自分を豊かにしようとした」経験があまりない。

 毎日何かしらを文章のかたちでアウトプットするにあたって、それが思いっきり可視化された感じがします。

 

 当ブログをいわゆる特化ブログにしなかったのも、それが関係しているんですよね。

 何かに特化したブログを運営し、それでまともな収益を出す、ということが考えられるほど、自分の中に積み重ねがなかったのです。

 なのでこんな風に、コンテンツの多くが雑感とネット観察日記みたいな感じになっている次第。

 

 そんな中で尊いのは、アニメの存在ですね。

 あれに関しては、ほとんどお金をかけずに楽しむことができますし、何もしなくてもどんどん滝のように大量に流れていくので、ネタという意味では困ることがない。

 実際のところ、世の中のアニメオタクのうちそれなりの割合の人が、この「お金がなくても可処分時間の限界近くまで楽しめる」ことを理由にしているのではないか、と個人的には思っているのですが、実際のところはどうなのでしょう。

 少なくとも私には多分にそのフシがあります。例えばもしアニメのすべてが1話300円だったら、恐らくそれを趣味にすることはなかったでしょうから。

 

貧乏スパイラルからいかに抜け出すか

 閑話休題。

 結局のところ、こう言ってしまうのがわかりやすいですね――貧乏人には、お金を稼ぐためのお金がないのだと。

 消費税が10%に上がり、もしかしたら多少は経済を立て直すこともできるのではないかという希望も打ち砕かれようとしている現状、お金がないことを解決するのは本当に難しいことです。

 単に目の前のお仕事に打ち込むだけでは、いったんはまり込んだ貧乏スパイラルから脱出することはまずできないと考えるべきでしょう。

 

 ではどうすればいいのか?

 ……それをここでサラッと書けるなら、真っ先に私自身が貧乏を脱しているところですから、もちろん「これが誰にでも実行可能な最高の答だ!」というようなものを書くことはできません。

 でも一つ言えるのは、「少しずつでもお金になる情報を集めること」「隙間時間にそれについて執念深く考えること」「それと並行して、何かのかたちでアウトプットを続けること」――この辺りは、ダメ元でやっておくべきなのかな、ということです。

 

 最初は間違いなく、「ちょっと水面を揺らす」程度の変化しか起こすことができないでしょう。

 でも繰り返しているうちに少しずつ揺れが大きくなっていき、あるところで閾値みたいなものを超えて、視界が広がり、選択肢が増える……可能性も、ゼロとは言い切れません。

 ものすごく歯切れが悪くて恐縮なのですが、とにかく私のような人間はたぶん、そこに賭ける以外に現状を変えることはできないのだと思います。

 

 実のところ、このブログもその一環として始めたものです。

 いちばん最初の記事ですでに、収益化を目指している旨を書いていますが、できればこのブログで、将来的には月に二桁万円を稼げるようになりたいと、正直なところ思っているんですよね。

 それで現在、SEO対策のことやアフィリエイトのノウハウなどを、必死こいて調べ、試行錯誤しているわけです。

 

 これに加えて、この夏はしばらくご無沙汰だったプログラミングの勉強を始め、秋にはそれで多少なりとも「お小遣い」が稼げるようになれたらいいな、とも考えているところ。

 要するに最近流行りの「複業」というやつで、もしかしたら何一つモノにならずに大量の時間を失うだけかもしれないのですが、まあ、いっちょやってみようと思い立った次第なのです。

 少しずつ人生を揺らしていこうと。

 

 そしていずれは、時間を買い、体験を買い、投資につぎ込めるようになりたいものです。

 

おわりに

 まあ、以上のようなお話になりましたが、何かお役に立てる部分はあったでしょうか?

 一応、収益出してなんぼのブログですので、ただアウトプットしてスッキリするだけでは不十分で、皆さんの「読んでよかった」を得なければならないわけですが……。

 やっぱり書いていて思うんですよね。人生の蓄積が足りないなあと。

 もっとお金があれば、その辺いろいろ積めるのになあと。

 

 あるいは、ちょっと自分のリソースを分割しすぎているのかもしれません。

 司法書士試験の勉強をし、ブログを書き、小説賞を狙いつつ、プログラミングも始めようとしているわけですからね。

 ここについては、限界を感じたら整理にかかるべきかなというところです。具体的には、司法書士試験から撤退することと、小説を趣味に留めることを考えるタイミングが来るのかなと。

 

 ブログを毎日更新していると、「ずいぶん暇してるなコイツ」と思われそうですが、実は結構必死さの表れだったりするのでありました。

 

 最後に本を一冊、紹介しておきます。

 私が投資信託について勉強した最初の本で、タイトルから感じられる通り、ものすごくわかりやすい内容でした。

 まったく知らない分野だけど興味があるという方は、ぜひお読みになってみてください。