天国的底辺

二次元、創作、裸足、資格試験、その他諸々についての思索で構成されたブログ

絵描きさんがフェチを捨ててしまうとき:裸足編

 今日はタイトルそのまんまの悲劇について、実際に体験したことを中心に書いてみたいと思います。

 裸足編と銘打っていますが、特にシリーズ化の予定はありません。ブログのSEO対策として、タイトルに「裸足」の2文字を入れたかっただけです(身も蓋もない)。

 べつの嗜好からのアプローチは、その嗜好に一家言ある方にお任せしようと思います。

 

 

ある裸足絵描きさんの思い出

 もうかなり昔のこと――まだpixivが生まれる前か、少なくともメジャーになる前で、絵描きさんのネット活動のメインが「自分のサイトに絵を載せること」だった頃、私はとある絵描きさんのファンで、日々更新を楽しみにしておりました。

 その絵描きさんを、仮にRさんとしておきましょう。

 Rさんはオリジナルのキャラを作って展開させることに熱心な方で、ある二人の美少女キャラのやり取りをシリーズ化し、それを何十枚と積み重ねていました。

 

 私が惹かれた理由は、そのシリーズのイラストのほとんどにおいて、二人のキャラが裸足であるというところにありました。

 体育祭の休憩時間に弁当を食べる体操着姿の二人。

 飛行機に乗って怯えている二人。

 そういったシチュエーションがいずれも、特にそうする必然性もないのに、裸足の二人によって表現されていたのです。

 

 間違いなくこのRさんは同じ趣味の人だ――私がそう思ったのは言うまでもないことでしたし、実際それは間違っていなかったと思います。

 あの強引にねじ込まれた裸足要素は、普通の感性(という言い方も変かもしれませんが)からは絶対に出てこない類のものでしたから。

 

 中でも私が一番お気に入りだったのは、二人のうち片方が電球を取り替えるために机に乗り、もう片方がそれを下から見ているイラストです。

 机に乗っているほうの子は裸足になっており、靴下が机の上に無造作に置かれている。もう片方の子は心の中で「なぜに靴下を脱ぐ……?」と呆れたように呟いている。

 そういう一枚。

 構図の関係で裸足自体は小さく描かれるに留まっていたのですが、そのモノローグがそれまでのイラストとの積み重ねと相まって猛烈にフェチく響き、胸に刺さったのを今でも覚えています。

 

あるときを境に、裸足が消えた

 ところが、そんなRさんの活動に、大きな変化が起きました。

 ちょうどpixivが名を上げていき、世の絵描きさんの活動が個人サイトからそちらへ移行し始めた頃でしょうか。

 

 まず、ずっと続けていたオリジナルのシリーズが終わってしまいました。

 まあ残念なことではありましたが、なにぶん長いこと続けてこられたシリーズでしたから、潮時が来たのだという捉え方もできましょう。

 で、それと入れ替えるように、Rさんは艦これのファンアートを集中的に描くようになりました。

 どうやらかの作品にハマったようで(こう結論づけることに推理を必要としませんよね)、かなり精力的に描きまくっておられました。

 

 それはよかったのですが……(私にとっての)問題が2つありました。

 1つは、その艦これのファンアートにおいて、キャラを裸足で描くといったことが一切なかったこと。

 そしてもう1つは、それまで描いていたシリーズが、個人サイトからもpixivからも、すべて削除されてしまったことです。

 そう、ネット上のRさんの活動内容から、裸足の痕跡がすべて消えてしまったのです。

 

 私が(一人で勝手に)動揺したのは言うまでもありません。

 幸い、いくらかの画像を保存していたので、今でもそれらを楽しむことはできるのですが、それにしても、あまりにも方向転換が急過ぎる。

 そういう経験はそれが初めてのことだったので、その心理がどういうものなのかを、自分なりにいろいろ推測しました。

 その結果として、一つの仮説が思い浮かびました。

 それはズバリ、「メジャー志向」です。

 

メジャーを志向するということ

 フェチというものは「狭くて深い」代物で、一般的な趣味嗜好と比べて、執念にも似たエネルギーが漂いまくっている世界です。

 そこで何らかの評価をされた人間は、少数の同好の士達から、とても色濃い支持を受け、いわゆる「根強いファン」を獲得することができます。

 それは名もない表現者が「初速」を獲得するには絶好の方法論で、例えば当ブログも、現在のところアクセス数的に他のテーマを押しのけて「裸足カテゴリ」が圧倒的に読まれていたりします。

 

 しかしそれと引き換えに、フェチには一般的な趣味嗜好と比べて、獲得できる支持数の上限が低いという短所があります。

 要するに、マニアックなものの宿命として、どうしても大ブレイクの手前で頭打ちになるわけです。

 なので、自分のやっていることを「一般という大海原」に接続させたかったら、そこから離れる必要がある。

 

 恐らくRさんは、そのようなことを感じて、自分の作風から裸足フェチの要素を除去してしまったのではないかというのが、私の推測です。

 Rさんはそのときも今も、(失礼ながら)決して大人気の絵描きさんというわけではないのですが、ご本人の気持ちの問題として、広い世界と地続きになる活動にシフトしたかったのではないでしょうか。

 それで、成人漫画家さんが全年齢作品で当ててそっちに移行するように、美少女ゲームの声優さんが表で売れて裏名義の活動を停止させてしまうように、裸足から離れてしまったのだと思います。

 

 ちなみに現在のRさんは、VTuberのイラストを主に描いておられます。もちろん、裸足は一切描かれていません。

 パッと見には伸び伸びと好きなものを好きなように描いておられるように窺え、もしそうならとても喜ばしいことなのですが……。

 どうしても思ってしまうんですよね。「本当はどのキャラも裸足にしたいのではないですか?」と。

 なぜなら、いったん芽生えたフェティシズムが頭の中から消滅するということは、私の常識ではまず考えられないからです。

 

 今でもRさんの中には、裸足の女の子が好き! という想いがあるはずなんですよ……。

 

悪夢再び

 さて、話はRさんから、べつの方へと飛びます。

 Rさんの方向転換からしばらく経ったあと、私はTwitterでSさんという絵描きさんを知りました。

 Sさんはとても良い表情のキャラを描かれる方であり、そして何より、ほとんどの女の子を裸足姿で描かれる方でもありました。

 紛うことなき、裸足属性のある方です。

 

 しかもその上達が目覚ましかった。

 べつに最初が下手だったということではないのですが、見る見るうちにどんどん裸足の描き方が素晴らしくなっていく。目を見張るような成長でした。

 それと並行して、総合的な画力にも磨きをかけられ、さらに人気作品のファンアートにも積極的であったことから、どんどんフォロワー数を増やしていき、あれよあれよという間に、私ごとき人間にとっては雲の上の人物になっていきました。

 

 ――そして、かつて味わった変化がここでも起こりました。

 活動が多岐にわたるようになり、裸足フェチの魂の詰まった絵は目に見えて減っていき、どんどん「普通に上手い絵描きさん」へと変わっていったのです。

 もちろんそれは「間違っている」わけではありません。フォロワー数は伸び続けていますし、イラストに対するいいねやRTも、かつての裸足全開時代より遥かに多くつけられている。

 より多くの人を喜ばせているのは確かで、客観的に考えて、今後も現在の路線をひた走るべきなのは間違いないところでしょう。

 

 でも……モヤモヤする気持ちが収まらないんですよね。

「先へ進む」って、本当にこういうことなのかなあ、と。

 

作品に性癖を込める価値

 今さら確認するまでもありませんが、すべては絵描きさんの自由です。

 どのような方針を選んでどのように実績を積み重ねていくかは、ご本人の意向が尊重されて然るべき領域であって、一介の受け手でしかないフェチ持ちが吠えるようなことではまったくありません。

 ただ……やっぱり寂しいんですよね。

 

 ちょっと大袈裟なことをあえて書かせていただくなら、己のフェチを作品に叩きつけるというのは、いわゆる「魂を込める」ことのもっとも濃厚なかたちの一つであると思いますし、芸術ってそうあるべきだと思うんですよ。

 いや、芸術という言葉を使ってしまうと「芸術www」という反応が少なからず発生するのはわかっているのですが、でも実際、二次元オタクのイラストの世界にだって、それは当てはまることじゃないかと思うんです。

 

 それを隠して「おとなしくなった」作品が、広く支持され、名前がビッグになっていく――そのことについて、絵描きさん個人にではなく、もっと大きな何かに向かって、魂の叫びをぶつけたくなってしまうわけです。

「そういうことで本当に構わないんですか?」

 

 一方で、相当有名になっているのに、作品から己の性癖を取り除く気のまったくない方というのもいて、そういう方は凄いなあと素直に感心してしまいますね。

「フェチを捨てた人は日和った人、そうでない人は肝の座った人」という単純な話では決してないのですが、それでもやっぱり、そこに創作という行為の本質を私は見てしまう。

 自分のそういうところをぶつけるのが、モノを作るということなのではないかと……まあ、それは信仰だろと言われたら否定できないところではあるのですが。

 

おわりに

 私は幼い頃から絵心というものとは縁がなく、字書きのルートを選んだ人間なので、嗜好のすべては文字のかたちで作品に刻み込んでいます。

 今のところは新人賞に応募して落選、を続けているだけの身なので、広く読まれた経験がないのですが、いずれ何らかのかたちで公開しようとは思っているところです。

 

 この先、自分の創作活動が誰かに認められることがあるのかどうかはわかりませんが、もし何か運が巡って、そこそこの人気が得られたとしても、自分は決してフェチを捨てるまい、というのだけは(取らぬ狸の皮算用ですが)誓っています。

 どんなに裸足描写を入れにくい内容であっても、技量の限りを尽くして絶対に入れていく書き手であり続けたいですね。

 

 ……というところで、今日は終わりにします。

 今ご活躍している裸足絵描きさんが今後もずっとその調子でやっていかれること、そして続々と次代の絵描きさんが現れ、素晴らしい作品を発表されることを願っています。

 裸足万歳!